2015
療養病棟で介護やってます。
とある患者さんの起居動作において、介護職が良かれと思って「ここ(手すり)握って引っ張ってー」と伝えている姿を度々目にしていて、まずいなぁと思っていたら、案の定だんだん残存能力が低下してきた。
とある患者さんの車椅子坐位修正において、どうしても後方に突っ張ってしまう人に、「体起こして、お辞儀をキープして~」なんてことを私が坐位修正に関わる度に伝えていたら、自力で前屈をキープできなかった人ができるようになってきた。
介護がやっていることが、誰かの能力をどんどん落としていく。
介護がやっていることが、誰かの能力を日に日に伸ばしていく。
その違いは、ただ、知っているかどうかだけ。
そしてその、知っているべき知識は、リハの人間じゃないとわからないような小難しいものではなく、「人間(私)って普段どうやって体を動かしてるっけ?」ということだけ。
だって私自身、研究会の看護師さんや介護さんから教えてもらってるんだから。
ぶっちゃけ、それができてないリハ職も結構いるんだから。
でも、それを知るチャンス(教育)がリハ職には割とあるけど介護職にはなかなか滅多にない。
だから、知らないせいで間違ったことを患者さんに教えてしまって、その人の能力を落としてしまっているのは介護職のせいだと責める気持ちには全くなれない。
だって頑張ってるもん。介護職。
ほんとみんな汗を流しながら、息を切らしながら、頑張ってる。
私が今まで見てきたいろんな仕事の中で、一番頑張ってると思う。
必要なのは、小難しくない「人間って普段どうやって体を動かしてるっけ?」という知識を、介護職に伝えてあげられるシステムを作ること。
日々の中で私が直接伝えることができる知識も本当はたくさんあるけど、私がいなくなった時にそれが続かなくなるのでは意味がない。
私個人が直接何かをするのは今後に残っていかない。
やっぱり、作るべき・残すべきは「システム」。
それを作るには時間もかかるだろうし、そもそも私にそれを発言できるチャンスとか立場とか肩書きとか、なんかそういうようなものが全然ない。
でも能力の落ちていく人や、伸びるチャンスを得られない人もいるのが目に入ってしまう(これはやっぱりリハ出身だからでしょう)。
どうやったら好循環のためのシステムって私の立場でも作れるんだろう。

